大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宮崎地方裁判所 昭和56年(ワ)196号 判決

原告

合資会社舞鶴タクシー

被告

株式会社児湯食鳥

主文

一  被告は原告に対し七二万四八九六円及びこれに対する昭和五六年四月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は第一、三項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(一)  被告は原告に対し金一七九万六八三八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  本件事故

1 日時 昭和五五年一二月二八日午前二時五〇分ごろ

2 場所 高鍋町大字南高鍋七三三六東方一〇〇メートル先道路上

3 加害者及び加害車両 浜本清治運転の普通貨物車

4 被害車両 原告所有の営業用タクシー三一〇号車及び三〇一号車(以下「本件事故車」という)

5 態様 本件事故車二台が道路端に停車していたところ、後方より加害車両が追突。

6 被害 右原告所有タクシー二台が損傷

(二)  責任(民法七一五条一項)

右浜本は被告の従業員であり、被告の仕事に従事する間に前方不注視、いねむり運転の過失により本件事故をひき起したものである。

(三)  損害

1 車修理費用(三〇一号車)五二万二六三〇円

(1) 本件事故はタクシー会社にとつて最も多忙な年末に発生したもので、原告は、修理工場に修理の見積を依頼するとともに、三〇一号車につき修理もしくは新車購入いずれを被告及びその保険会社が希望するのか判断するため、被告と話し合おうとしたが、被告側が話合に応じようとしなかつたので、昭和五六年一月二三日やむなく修理に踏み切り、その費用は五二万二六三〇円を要した。

(2) 原告会社では、保有タクシーにつき走行距離四五万キロメートルまで使用し、その後の車険もしくは点検時に新車と交換してきたところ、三〇一号車は事故当時約三八万キロメートル走行であり、まだ十分使用に耐える車であつたので、新車購入の意思はなかつた。

(3) かりに三〇一号車に代えて同程度の代替車を中古市場に求めるとすれば、まずガソリン車を求めて、タクシーとして使用可能なものに改造するためには少くとも左記の費用を必要とする。

イ 中古車両(五一年式、五五年一二月当時)三二万五〇〇〇円

ロ LPG改造 一五万円

ハ クーラー移設 二万九〇〇〇円

ニ オートドア移記 一万五〇〇〇円

ホ ライン装備(タクシー用塗装) 一万円

ヘ タクシー・メーター移設(メーター検定費共) 三万一〇〇〇円

ト 天井灯移設 二五〇〇円

チ 車両登録諸経費改装変更申請他 二万五〇〇〇円

リ 無線設備移設 七七〇〇円

合計 五九万八二〇〇円

してみると、右費用総額よりも低額の本件修理費の出は相当であつた。

(4) かりに右修理費の出捐が三〇一号車の時価を超えているとしても、同車は本件事故当時タクシーとして十分な働きをなしていたのであるから、右営業価値は時価の算定にあたつて考慮に入れるべきであり、もしくは時価を超えた修理費の賠償を求めうる特殊事例であるというべきである。

2 休業損害

原告は本件事故により本件事故車をタクシーとして稼働させられず、次の損害を蒙つた。

(1) 三一〇号車 七万五〇〇〇円

三日分 一日当り二五〇〇〇円

(2) 三〇一号車 九九万九二〇八円

四九日分 一日当り二万三九二円

3 弁護士費用 二〇万円

4 よつて、原告は被告に対し、損害金合計一七九万六八三八円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(一)  請求原因(一)及び(二)の事実は認める。

(二)  同(三)の事実は否認する。

三  被告の主張

(一)  営業用乗用車は、走行距離、使用状態等において自家用車と比較にならない位損耗が激しいため、通常、法定耐用年数である三年で廃車してスクラツプとして処分し、新車に買替えられるところ、三〇一号車は営業車として五年使用され、中古車としての市場交換価値は零に等しかつたのであるから右市場交換価値を大幅に超える本件修理はなすべきではなかつた。従つて、原告は被告に対し、右市場交換価値を超える修理費用を請求することはできない。

(二)  右のように、三〇一号車につき、原告は本件修理をなすべきではなく新車を購入すべきであつたから、原告が被告に対して請求しうる休業損害は、販売会社に新車を注文して旧車との登録替をして使用可能になるまでの期間(通常一〇日以内)に止められるべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因(一)及び(二)の各事実は当事者間に争いがない。

二  事実認定

成立に争いのない甲一号証、三号証の1、2、証人小開義則、同野田智美(第一、二回)の各証言及び右各証言によつて真正に成立したことが認められる甲二号証の1、2、四ないし八号証によつて以下の事実を認める。

(一)  原告は、本件事故により、三一〇号車を修理のため事故当日より昭和五五年一二月三〇日まで三日間休車させた。

(二)  三〇一号車は、昭和五一年六月二二日、原告により八六万一一〇〇円で購入され、本件事故当時購入後約四年半経過し、総走行距離は約三八万キロメートルであつた。

(三)  原告は、従来、保有タクシーを使用期間五年、走行距離四五万キロメートルを目途として、新車に代替してきた。

(四)  前記(二)及び(三)の理由により、本件事故当初から、原告は、三一〇号車はもとより、三〇一号車についても新車に代替する意思を持たなかつたが、同車の修理費に対する被告の負担額が判明しないため、修理を差し控えて交渉の結果を待つ方針をとつたところ、原被告及び被告の委任を受けた共栄火災保険会社の間で昭和五五年中に交渉がなされないまま、翌五六年一月一二日になされた第一回協議において、被告側が七万五〇〇〇円の案を提示し、原告がこれを拒否して、交渉は難航しはじめ、同月二三日、被告側が本件事故車二台の休車補償修理費の合計として四六万円以上は出せないと回答したため、交渉は結着を見なかつた。

(五)  原告は、昭和五六年一月二三日、三〇一号車を修理に出し、五二万二六三〇円の修理費により、同年二月一四日修理を了した。原告は、本件事故後右修理完了まで四九日間三〇一号車を休車させた。

(六)  原告は、本件修理後三〇一号車をタクシーとして使用し続け昭和五七年六月二五日、新車と代替した。

(七)  本件事故当時、原告は一五台のタクシーを保有していたところ、事故直後の昭和五五年一二月二八日から昭和五六年二月一四までの間の、三〇一号車を除く保有タクシーの一車当りの運賃収入は、一日平均二万三九二円であつた。

(八)  本件事故車は、普通乗用車と異なり、LPガスを燃料とする営業用車両であり、中古車市場がなく、中古車の買手もないため、新車との代替の際に下取に出すか、スクラツプとして売却するのが通常である。

(九)  三〇一号車と同時期に製産されたガソリン車を事故当時購入する際の中古車価格は約三二万五〇〇〇円である。

(一〇)  事故当時、三〇一号車と同程度の新車を購入するためには、新車価格一一六万二〇〇〇円から旧車下取価格一万円、値引分二〇万二〇〇〇円を差し引いた九五万円が必要である。

(一一)  原告の保有タクシーの燃料費、車両修理費等の車の消耗費としての必要経費は一四・二パーセントである。

三  原告の損害

右一及び二の事実関係を基礎として、原告の損害額を以下のとおり、認定する。

(一)  三〇一号車の修理費

1  中古車両が事故により破損した場合、原則として、その修理に要した相当額が損害として認められる。しかし、事故車の事故当時の時価が修理費よりも低い場合、特段の事情のない限り、損害の範囲は右時価を限度とすべきである。そこで本件三〇一号車の事故当時の時価を算定することが必要となる。

2  時価は、原則として、事故当時における交換価値即ち取引価格によるべきであり、右取引価格は、原則として、(イ)同一車種、年式、型、同程度の使用状態、走行距離等の自動車を(ロ)中古車市場において取得するに要する価額によつて定めるのが相当である。

3  しかしながら、前記二の(八)に認定したとおり、本件三〇一号車は営業用のLPガス車であつて、中古車市場が存在しないため、中古車市場における取得価額を基準として取引価格を決定することは実際上不可能であり、従つて、本件は右2の原則に拠りえない特別事例である。

4  さりとて、中古車の取引価格を理論上決定するために、会計上、税法上一般に使用される定率法、定額法等の固定資産減価償却算定のための計算方法を利用することは、以下の理由により妥当とは言い難い。

(1) 右方法は、「減価償却資産の耐用年数に関する省令」によつて定められた耐用年数に応じた固定資産取得費用の配分方法にすぎず、算定時における当該車両の現実の価値を算定するための方法ではなく、とりわけ、耐用年数経過後の中古車の現実の価値決定方法として妥当とは言い難い。

(2) 前記二の(二)及び(三)認定のとおり、従来、原告会社では耐用年数の経過後直ちに新車に代替することはせず、使用年数五年もしくは走行距離四五万キロメートルを目途として新車に代えてきたところ、三〇一号車は本件事故当時約四年半、三八万キロメートル走行の状態で、少くともなお半年間は使用可能の状態にあつたことが認められるから、三〇一号車はまだ十分な使用価値もしくは営業価値を有し、右価値は右の定率法等の算定方法では考慮に入れる余地のないものであるにもかかわらず、これを無視することは不当である。

5  中古車の時価を交換価格によつて決定する根拠は、それが、車両自体の物理的価値のみならず、当該車両を普通に使用・収益することによつて得る車両所有者の利益をも包含する点で、最も客観的な評価方法であることにある。中古車の時価の決定は、結局事故の加害者被害者間の損害賠償責任の範囲を決定するためのものであり、実質的な損害の評価の問題に外ならず、その評価方法は両当事者間の利害を公平に解決するものでなければならない。

本件についてこれを見るに、前記のとおり、三〇一号車の中古車市場における交換価値を決定することは事実上不可能であるうえ、定率法等の減価償却算定のための計算方法によることは、当該方法が三〇一号車の経済的価値を現実的に評価するものではないため、妥当ではないと言わざるを得ず、結局本件においては三〇一号車の経済的価値を決定するために参考となる資料を総合して、個別的具体的に時価を決定する以外には方法はないと思料する。

6  してみると、三〇一号車の本件事故当時の時価は、前記二の(二)、(三)、(五)ないし(一〇)の事実を考慮のうえ、少くとも二〇万円であつたと認めるのが相当であり、原告が出捐した三〇一号車修理費の内二〇万円は被告がその賠償をなすべき損害であると認める。

7  なお、原告は中古ガソリン車のLPガス車への購入及び改造費用を修理費請求の基礎として主張する(請求原因(三)の1(3))。右主張は事故車両の時価を超える修理費部分についてもなお加害者の損害賠償責任を認むべき特別の事情の存在を主張するものと解されるが、事故車両の修理費に関する加害者の責任範囲を決定する際に、代替車調達の費用を考慮に入れるべき合理的な根拠はなく、他に本件三〇一号車の修理費につき時価を超えて損害を認めるべき理由は存在しない。

(二)  休業損害

1  事故により車両が破損した場合、事故と相当因果関係にある休業損害として認められる休車期間は、原則として、当該破損の修理に要した相当の期間に限られる。但し、破損が深刻で、多額の修理費を要するため、修理すべきか新車を購入すべきかを判断する必要があつた場合には、右判断をなすために必要な相当期間も相当因果関係にある休車期間として認められる余地がある。本件では、原告は、本件事故車二台につきいずれも新車に代替する意思を有ていなかつたことは前示二の(四)認定のとおりである。

従つて、本件では修理に要した期間の休車損害のみを本件事故と相当因果関係にある損害と認める。

なお、原告は本件事故の日から昭和五六年一月二二日までの間、三〇一号車を修理に付することなく休車している。これは示談交渉の結果を待つために、事故車の修理を原告において差し控えたものであるが、前記認定のとおり、原告は当初から三〇一号車を修理して使用を継続する方針であつた以上、本件において三〇一号車を事故の現況のまま保存しておくべき必要性本件全証拠によつても認められないことを考え合わせると、右期間中の休車損害を本件事故と相当因果関係にある損害と認めることはできない。

してみると、三一〇号車については三日間、三〇一号車については二三日間、各々本件事故による破損の修理に要した相当期間として認めるのが相当である。

2  本件事故車を除いた(但、昭和五五年一二月三一日以降は三一〇号車を含む)原告保有タクシーの本件事故当時の一台当りの一日の平均運賃収入は二万三九二円と認められる(前記二の(七))。本件事故車についても、本件事故がなければ右と同程度の運賃収入を得ることができたと推認されるから(三〇一号車が本件事故時故障のため路上に停車していた事実が認められるが、これは稼動中の故障であり恒常的な故障のため、同車か他のタクシーより劣つた稼動能力しかもたなかつたと認めるに足る証拠は存在しない)、右平均運賃収入から必要経費一四・二パーセントを控除した一万七四九六円(円未満切捨)を一日当りの休車損害と認める。

3  本件事故車の各休業損害額は以下のとおりである。

(1) 三一〇号車 五万二四八八円

(2) 三〇一号車 四〇万二四〇八円

(三)  弁護士費用

本件事案の性質、審理の経過及び右認定額に照らすと、原告が被告に対して賠償を求めうる弁護士費用の額は七万円と認めるのが相当である。

四  結論

以上によれば、原告の被告に対する本訴請求は七二万四八九六円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和五六年四月一五日から支払すみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は理由がないので棄却することとして、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 三谷博司)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例